中井設計展

2018.10.09(火)23:22

「中井設計展Ⅱ」


 私はルールが好きだ。

ルールやフォーマットの中でどうたち振る舞うか、それが楽しい。


 私は東京のド真ん中にある大きな設計事務所に通っている。平日は大体同じ時間に起きて最もシンプルなスーツと真っ白で極力スタンダードなシャツを着て、決まった電車に乗る。体幹を意識して猫背になりがちな背筋をピンと伸ばしながら毎日違った本を読む。座れたらラッキー。いつもいつの間にか猫背に戻っている。最近引っ越したので通勤時に乗り換えが無くなり、ますます読書に集中することができる。以前はApple Musicで毎週更新される新譜を聴きながら電車に揺られていたが、どんなに大きな音で音楽を流しても怒られない環境に住めるようになったため、電車での音楽鑑賞には興味がなくなってしまった。


 コンビニ人間(村田沙耶香著)という本を読み、その内容に驚嘆、そして共感し、中井設計展Ⅱというブログを作ろうと思いついた。コンビニ人間の主人公は幼い頃、どうやら自分は普通ではない考え方を持っているようだと母親や学校の先生の反応から察するが、なぜそれが普通ではないのかがどうしても理解できない。だが娘の異常行動や発言の尻拭いに母親が苦労していることに関しては不本意なので、彼女は極力異常を発しないように自分にとっての普通をつぐみながら生活する、というところからお話がはじまる。わざわざ自分を漂白するような生き方をしなければいけないというところから更に読み進めると、彼女はコンビニ空間をあるべき正常な状態に保つことに生きがいを感じていることがわかってくる。私はそこにひどく共感した。彼女がルールを守り空間の秩序を保っている時イキイキとしていたのだ。私も乱れた秩序を元に戻すのが好きだ。部屋の片付けなんかは最高だ。


 秩序は秩序でも上質なものを選びたい。例えばブログのフォーマット。色々なプラットフォームがあるが、いつ自分の選んだブログサービスが廃止になったり誰も使わなくなるかわからないものに、私の言葉を投下することなんてできない。SNSも手軽だが、文字数の制限や閲覧できるネットワークが限られたりするのが気にくわない。だからブログに書くようなことは10年ほど前からいつも持ち歩いている小さな手帳に書いていた。無印良品のB5サイズで罫線のない「無地」のノートをさらに2分割し、それをブログ代わりに使っていた。缶ジュースを買うような値段で数冊手に入る安価なノートに自分の感情や考えを書きなぐって過ごした。私はやっと気持ちを収めるフォーマットを手に入れたのだ。しかし数年前から無印良品からその商品は姿を消してしまった。似たような無地のノートは上質な紙で作られてしまい、束売りは罫線ありのもののみ。私の買い溜めしていたフォーマットは底をつき、書くことも極端に減ってしまった。

手書きの日記はいつか中井設計展をやるときに公開しようと思って大切にとってあった。時期は大体50歳くらいかしら、と思っていたのに最近あっけなくライブハウスで中井設計展を開催してしまい、物質的な展示はしないと決めたイベントだったので出さなかったが、常々考えていることを公の場に出したいという欲があるのはずっと変わらない。しかし恥ずかしいのだ、この自分のことをみて!気づいて!と言わんばかりのこの行動は赤ん坊が泣いているのと一緒。もっと上品な憂さ晴らしがあるはずだ。でもどうしても私は、口頭でうまく自分を表現できない。できないのだ。色々試したが無理なんじゃ。でも長文ならなんとかできそうだと気づいた。それは中井設計展の冒頭で晒した自叙伝を書くことが大変に楽しかったこと、またそれを読んでそれなりに喜んでくださる方が少しだけいたことが嬉しかったからだ。また、いつの日かの中井設計展で日記を晒そうという気は昔からあったことを自覚したことで、中井設計展というフォーマットで日記を公開すれば良いのだというアイデアを思いついた。それらの事情が重なり、私はついにウェブにログを記し始めることができている。


 初めてのワンマンライブを中井設計展とした。もう使ってしまったのだそのネーミングは。なのでブログは中井設計展Ⅱとする。永遠に続くホワイトウォールに日記が増え続けるイメージで作っていきたい。

 私はフォーマットの中で動くのが好きだ。ルールがないとやる気がでない。